歴史の脇道

アクセスカウンタ

zoom RSS 桂離宮

<<   作成日時 : 2017/07/17 14:03  

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0



先日、京都の桂離宮に初めて行った。1ヶ月以上前に宮内庁に往復はがきで申し込む。倍率が高いのかと思いきや、あっさりと当選はがきが来た。

子供が遠足に行く気分で、わくわくして、前日はあまり眠れなかった。10時の予約だから、大阪の家を2時間前に出る必要がある。余裕を見て、7時過ぎに出る。最寄りの駅に着いてみると、阪急京都線が人身事故のため、運転を休止しているという案内が出ていた。スマホで情報をとりながら、大阪市内に向かう。途中、阪急が運転を再開したという情報が入ったものの、ダイヤは乱れているようだ。安全を見て、梅田でJRに乗り換える。JRの京都線だと、桂川が最寄りの駅だ。桂川駅から桂離宮までどのくらいあるかが不安だ。

9時5分にJR桂川駅に着く。まだ、時間は十分あると思い、歩くことにしたが、思いの外距離があり、暑いのとで、着いた時は汗だくになっていた。しかし、着いたのは9時45分と何とか間に合った。

休憩室で少し待った後、案内の人に連れられて、庭園の見学に出発。所要時間は約1時間だ。

真ん中に大きな池があり、池に沿って、茶室や書院等の建物が配置されている。

画像

画像
画像


桂離宮は最古の回遊式庭園として知られ、庭園と建物が一体となって、日本的な美を形成していると言われる。作庭者については、古くから小堀遠州とする説がある。実際に作庭に携わった人物としては、遠州の義弟である中沼左京、遠州の門下である玉淵坊などの名前が挙げられている。
昭和8年(1933年)に来日したドイツの建築家ブルーノ・タウトが桂離宮の簡素な美を絶賛し、その知名度を国際的に高めた。

桂離宮は、正親町天皇の皇孫、後陽成天皇の弟に当たる、八条宮家初代の智仁親王(1579年 - 1629年)によって基礎が築かれた。桂離宮の書院は「古書院」「中書院」「新御殿」の3つの部分に分かれるが、このうち古書院の建設は1615年頃と推定される。書院、茶屋、庭園などの造営は、八条宮家2代の智忠親王(1619年 - 1662年)に引き継がれ、数十年間をかけて整備された。

画像

画像
画像


素晴らしい庭園に写真を撮るのに夢中になり、案内の人の話もろくに聞いていなかったようだ。
春の桜、秋の紅葉の時期はさらに庭園の魅力を増すことだろう。是非再び訪れてみたい。
(完)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
飛騨高山
信州旅行の続きです。久し振りの家族旅行でしたが、子供達は仕事があるので、日曜日午後、松本から電車で都心に向かいました。 夫婦二人で西に峠を越え、飛騨高山を目指しました。 飛騨高山では、すでに4時近くになっており、まずは高山祭屋台会館に寄りました。 高山観光スポットでは、人気から言うと、下位に来るかもしれませんが、お祭り好きの私としては、外せないスポットです。 高山祭は、4月14〜15日の日枝神社例祭(山王祭)と、10月9〜10日の櫻山八幡宮例祭(秋の八幡祭)の総称です。 京都市の祇... ...続きを見る
 歴史の小径
2017/07/17 14:06

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
桂離宮 歴史の脇道/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる